士別軌道文庫の開設にあたり
「ごあいさつ」 |
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この度弊社は、ホームページに「士別軌道文庫」を開設し、士別市郷土研究会が過去に発刊した「士別よもやま話」3作品、「士別屯田史話」1作品を掲載いたしました。 目的は、士別市郷土研究会など公の立場で活動された非営利の団体が過去に発行した、士別市の史実についての作品を地元や全国の皆さまに広く知っていただくことです。また、昔、士別市や近隣に在住され現在は遠方に越された皆さまに読んでいただき、想い出や街並みなどを懐かしんでいただけたらと考えました。 掲載にあたり、士別市博物館様からこころよくご了承をいただき、冊子も提供していただきました。掲載はPDFデータでありプリントアウトできますので、お好きな形で読んでいただけたらと思います。 これを思い立ったのは、自分が弊社創業100周年記念誌を作ったとき、多くの皆さまから資料の提供をいただきとても助かったのですが、そのなかに「士別よもやま話第三集」がありました。読んでみてとても面白かったです。当時の生き生きとした様子や先人の方々の苦労話などが目に浮かび、心がひかれました。ぜひ、多くの方に読んでもらいたいと思いました。「士別軌道のホームページに載せられたら良いなぁ」そんな気持ちが始まりです。以降も同様の刊行物などがあれば、少しずつ増やしていこうとも考えております。 多くの皆さまに読んでいただければ幸いであります。 令和3年12月 |
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士別軌道株式会社 |
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(冊子の紹介) |
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1. |
士別よもやま話 正・続 合本 復刻拡大版(平成20年2月29日発行) |
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「士別よもやま話」(昭和44年7月1日発行) |
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第一集として「屯田関係」「産業関係」主体に明治、大正、昭和初期当時までの苦労話やエピソード等が編さんされている。特に、士別村を開墾した屯田兵の苦労は現代人には驚きである。扉絵は、題字が木村清風氏(士別市教育長)、版画が小池暢子氏(女流美術家)。発行責任者は金井満寿雄氏(士別市郷土研究会)、編集責任者は佐藤公聰氏(士別市郷土研究会会長)。 |
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「続、士別よもやま話」(昭和52年12月15日発行) |
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第一集の続編として編さん。明治、大正から第二次大戦前・中・後を経て、昭和五十年台までの発展の様子や事件簿、戦時中の苦労話、庶民の生活の様子、風俗模様、岩尾内ダム建設などが編さんされている。銃後を守る婦人会の活動は戦後生まれの者にとって経験のないことで感慨深い。扉絵版画、題字は塚本熊雄氏。発行責任者は渡辺喜美寿氏(士別市郷土研究会会長)。 |
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上記の2冊を平成20年2月に合本、編さんし発行された。発行責任者は佐藤公聰氏(士別市郷土研究会会長)。 |
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2. |
士別よもやま話第三集(昭和54年7月1日発行) |
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士別市開基80周年、市制施行25周年を記念し第三集として発行された。前集と同様、明治、大正、昭和にわたる時代のエピゾードを違う視点で編さんされ、内容はユーモアも交え興味深いものである。士別市誕生、市街地の発展、街アラカルトや大水害と復旧工事など幅広く書かれている。士別軌道の変遷では当時のエピゾードが面白い。発行責任者は渡辺喜美寿氏(士別市郷土研究会会長)、編集責任者に藪中寿治氏(道北日報編集部長)、執筆者には朝日保氏(市職員、学芸員)、北村順次郎氏(道北日報社長)らが名を連ねる。 |
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3. |
新士別よもやま話(平成4年3月20日発行) |
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第四集として士別市誕生時代に焦点をあて編さん。戦前から戦後の活況、苦難の様子や士別市誕生時のことや、新聞で見る世相の断面として道北新聞、道北日報の昭和20年代後半から三十年台前半当時の紙面が掲載されており、当時の出来事や経済情勢などをみることができる。表紙は塚本熊雄氏で士別軌道創業時の馬鉄を描いた版画。扉絵・本文イラストは伊藤善彦氏。発行責任者は荒木正一氏(士別市郷土研究会会長)。 |
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4. |
士別市屯田史話「河野民雄著」(平成18年10月1日発行) |
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著者は、士別市生まれ、士別高校、北海道大学文学部卒で士別商業高校、帯広三条高校、札幌月寒高校の教諭を経て、等冊子の発行時は北海道史研究協議会会員となっている。 士別よもやま話第一集刊行時に編集員として写真撮影、取材、寄稿校閲や率先して100枚以上の原稿を書き上げた方である。その後も屯田兵開拓をライフワークとして研究を続けられている。屯田兵の入地からその任務、訓練、生活、開墾の苦労話、第一次大戦への動員と痛ましい犠牲等がエピソードで詳細に書かれ、その厳しかったことがわかり感銘を受ける。表紙は塚本熊雄氏、発行責任者は佐藤公聰氏(士別市郷土研究会会長)。 |
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5. |
士別地方アイヌ語地名考(平成11年3月発行) |
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士別市郷土研究会創立40周年記念として発刊された。研究会は昭和32年発足、郷土の繁栄は歴史の積み上げの成果であるとし、遺跡、史蹟の調査保存の重要性を痛感した先輩諸兄が、自らの資金と労力を投じて、遺跡の調査や歴史遺産の保存、古老座談会を開くなど謙虚な活動を続けてきた。平成9年、創立40周年の際、上川支庁主催の「松浦武四郎フォーラム」が士別市で開催、当会会員の尾崎功氏が「士別市内における武四郎の事跡、川筋をもとに」と発表を行った。それが動機となりアイヌ語地名の深い意味に感銘し、忙しい学務の傍らアイヌ語地名の追跡確認を行い、本書の完成に至った。執筆者は尾崎功氏(当時、士別市立中多寄小学校校長、士別市立博物館協議会委員、士別市郷土研究会理事)。編集・監修に水田一彦氏(士別市立博物館学芸員)山田伍市氏(士別市立博物館特別学芸員)。発行所は士別市郷土研究会(責任者 荒木正一氏)。
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6. |
士別軌道 創業100周年記念誌「百年の記憶」(令和3年3月発行) |
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弊社は、大正8年(西暦1919年)に地元の有志により設立されました。令和元年8月が100年目となります。 最初は、木材や人の運搬のための馬車鉄道、その後、軽便と呼ばれた小型の蒸気機関車、ディーゼル機関車となり、木材運搬の衰退から旅客バス、貨物運送に転換、現在は、旅客バス(乗合路線、貸切)へ一本化されました。時代の変遷を感じます。 ピーク時に4万人以上いた人口も、現在1万5千人台へと過疎化が進み、経営を維持する難しさ、将来の展望がみえない現実を日々、実感しているところです。 当時、前任の故千葉繁夫社長から自分に、薄くても良いから百年記念誌を作ってくれと、依頼を受けました。千葉社長は、病を押して度々会社へ出ておりました。入退院の繰り返しでした。自分は信用金庫の本部勤務時に、経営情報開示誌(ディスクロージャー誌)をほぼ一人で作成していましたので、自信はありました。 問題であったのは、会社に昔の資料がまったくなかったことです。そこで、士別市立博物館や名寄市北国博物館を訪ね歩き、北国博物館の方から、士別市に中学校の教諭をされている、義光康弘先生が弊社の歴史を探求されていると聞き、早速、義光先生に電話をし、お会いする機会を得ました。 義光先生は、国立国会図書館に出向き、設立当時の士別軌道の資料を数点お持ちで、とても驚きました。また、快くご承諾をいただきました。これでどうにかなると、安心した次第です。 また、愛別町文化財調査員の元兼内小中学校教諭であられました、大西眞一さんから、自作の士別軌道の歴史をまとめた資料を以前からいただいていたことから、大西さんにも執筆をお願いしました。 その後、「昭和29年夏 北海道私鉄めぐり(上)」の出版社へ写真と資料の転載をお願いしたり、自分で原稿を書いたりしていました。当時の故牧野士別市長、鈴木士別商工会議所会頭にも寄稿をお願いしました。 最後、どうしてもページが足りないことから、地元の道北日報社、北村浩史社長に昔の士別軌道に関する記事をまとめたい旨相談したところ、北村社長が自ら4ページの原稿にまとめていただけるという、ありがたいご返事をいただきました。 最終校正は、義光先生にお願いしました。とても細かいところでみていただき、誤字、脱字などはないと思います。 令和3年3月についに発刊することができました。取り掛かりから1年以上かかりました。自分一人では作れませんでした。たくさんの皆さんに助けてもらいました。ありがたいことです。300冊つくりましたが、あっという間になくなりました。驚いたのは国立国会図書館やたくさんの道立、県立図書館から1冊欲しいと連絡がありました。 こんな感じで記念誌が出来上がりました。今となっては、すこし懐かしい感じがします。 令和8年6月 |
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